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株式会社エクスタシーレコード は、日本のミュージシャンであるYOSHIKIによって1986年に設立されたレコード会社およびインディーズレーベルである。日本のロック、特にヴィジュアル系ロックを広く世間に広めた先駆的存在である。本社は東京都渋谷区広尾の恵比寿プライムスクエアタワー11階にあった。LADIES ROOMのGEORGEなどが取締役などの職に就いている。TOKYO YANKEESの梅村総一郎も生前取締役であった。HIDEも生前は制作部長を務めていた。多くの人気を博したヴィジュアル系ロックバンドが所属していた事で、全盛期は「東のエクスタシー、西のフリーウィル」とも呼ばれていた。フリーウィルとはCOLORのダイナマイト・トミーこと冨岡裕が設立した音楽プロダクションである。 2000年にメジャーレーベルのエクスタシー・ジャパン と〔YOSHIKI、音楽レーベルを主催――インターネットでコンテンツ配信も ASCII.jp 2012-02-21〕、エクスタシー・レコード・インターナショナル が発足した。 == 歴史 == 1985年、インディーズで活動していたX(現在のX JAPAN)はレコードのリリースを目指していたが、レコード会社からのオファーがなかったため、自らレコードをリリースすることになった〔『ロッキンf』(2000年11月号)立東社〕。レコードを発売するための知識が全く無かったリーダーのYOSHIKIは、レコードのプレス工場、印刷工場、出版社、写植工房、レコード店などを直接訪ね歩き、レコード制作から販売ルートまでを一から学んでいった〔『POP MUSIC Artist 公式ホームページ INDEX 2000〜2001』主婦と生活社〕。レコードの制作費用や売り上げの管理、税金の申告には会社組織が効率的であるとして、休眠状態となっていたYOSHIKIの実家の呉服会社を業務変更して1986年4月に「エクスタシーレコード」が設立された。同時にXの「オルガスム」をリリース。インディーズを扱うレコード店に直接電話で掛け合い、店に置いてもらった。また、レコードの宣伝広告に関しても、雑誌社や版下屋を直接訪ね歩いて掲載に漕ぎ着けた〔。 後に、XのローディーをしていたLADIES ROOMや、ZI:KILL、LUNA SEA、TOKYO YANKEES、GLAYらが続々とインディーズデビューを飾った。その後メジャーデビューを果たす事となり、ヴィジュアル系バンドのメジャーへの登龍門的存在となった。 2000年にレーベルの設立15周年を記念したコンピレーション・アルバム『History of EXTASY 15th Anniversary』をリリースするが、これ以降はレーベルとしての活動が失速気味となる。2003年初頭以降、オフィシャルサイトの更新が途絶え、サイトは存在するものの、事実上活動を停止した。しかし、「extasyrecords.co.jp」のドメインは毎年「株式会社 エクスタシーレコード」名義で更新されている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「エクスタシーレコード」の詳細全文を読む 英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Extasy Records 」があります。 スポンサード リンク
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